日本人として、ぜひ訪れておきたい場所があった。
チェンマイには「銀寺」と呼ばれる寺院がある。銀細工の街として知られるワット・シーサパンだ。ただ、実はもう一つ、境内が銀細工で覆われた寺院がチェンマイ旧市街にひっそりと佇んでいる。ワット・ムーンサーン(Wat Muen San)。観光客の姿は少なく、静かな時間が流れている。そしてこの寺院には、日本人にとって特別な意味を持つ場所があった。
ワット・ムーンサーンとは

チェンマイ旧市街の一角にあるワット・ムーンサーンは、ランナー王国時代からの歴史を持つ寺院だ。有名なワット・プラシンからも歩いて行ける距離にありながら、観光客はまばらで、境内には落ち着いた空気が流れている。

銀細工に覆われた本堂

境内に入ってまず目を奪われるのが、全面を銀色の細工で覆われた本堂(ウボーソット)だ。壁面から屋根の装飾まで、細かい彫刻が隙間なく施されている。


本堂内部にも銀のレリーフが続く。安置された仏像と僧侶像を、壁一面の銀細工が静かに包み込んでいた。

極彩色のガネーシャ像も鎮座する。タイの寺院ではヒンドゥー教の神様が一緒に祀られていることも珍しくない。



入口の階段には、銀色に輝くナーガ(蛇神)が両脇を固める。太陽の光を受けて反射する様は、本家のワット・シーサパンにも引けを取らない迫力がある。
ランナー・タイヤイ様式の仏塔

本堂の奥にそびえるのが、ランナー様式とタイヤイ(シャン)様式が混ざり合った仏塔だ。境内の案内板には、次のように記されていた。
タイヤイ族の職人の手によって建立されたこの仏塔は、1922〜1927年にかけて修復が行われました。仏塔には仏舎利へと続く階段が備えられており、四方には前肢を上げた獅子像が鎮座しています。周囲に立つ傘蓋(さんがい)はタイヤイ族の象徴です。
境内の案内板より


境内の見どころ

境内のあちこちに、神話の一場面を描いた銀細工のレリーフが飾られている。一枚一枚じっくり見て回ると、思った以上に時間が過ぎていく。


境内中央には大きな御神木もあり、地元の人々の信仰の対象になっているようだった。

入口近くには、タイ北部で敬われる高僧クルーバー・シーウィチャイ師の像も立つ。案内板によると、等身大のブロンズ像はタイの芸術巧匠ノンティワット・チャンタナパリン氏によって2009年に制作され、2010年2月3日に完成式典が執り行われたという。
日本人慰霊碑。なぜ日本人がまつられているのか

境内の奥、ひときわ目を引く白い建物があった。近づくと、タイ国旗と並んで日本国旗が掲げられている。

第二次世界大戦中、チェンマイは日本軍のインパール作戦における駐屯地となった。ワット・ムーンサーンの境内には野戦病院が設けられ、多くの日本兵がこの地で命を落としたという。
戦後、帰還した戦友たちの手によって、1970年2月2日にこの地に慰霊碑が建立された。碑文には「戦友よ安らかに眠れ」の言葉とともに、「(於チェンマイ・野戦病院跡)」と刻まれている。現在も毎年8月15日の終戦の日には、チェンマイ戦没者慰霊祭実行委員会によってこの慰霊碑の前で慰霊祭が営まれているという。
観光地としてにぎわうワット・シーサパンとは対照的に、ここには静かな祈りの空気が流れていた。日本人として、手を合わせて合掌をした。
📍基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | ワット・ムーンサーン(Wat Muen San) |
| エリア | チェンマイ旧市街 |
| 見どころ | 銀細工の本堂・ランナー様式の仏塔・日本人慰霊碑 |
観光客で賑わうワット・シーサパンと合わせて巡れば、チェンマイの「銀」と「祈り」の両面を感じられるはずだ。


